【書評】今どきまっとうなアウトドア本vol.1『牧野富太郎と、山』

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  • 牧野富太郎と、山
  • 狐の屁玉とも呼ばれるオニフスベ
  • 「オニフスベ(狐の屁玉)」についての見開きページ

アウトドアシーンでは「現場」で色々なことが起こります。だからこそ、知識を得てから出かけることは役に立つし、何より楽しい。フィールドから帰ってきて復習するもまた良し。この連載では、そんな場面で活躍する本を古今東西問わずに取り上げます。今回は、高知の豊かな自然の中で育ち、植物の研究に明け暮れた「牧野富太郎」の〝植物と山を愛でたくなる〟一冊をご紹介。

            

稀代の植物分類学者が登った山々

4月から始まった朝ドラの主人公のモデルとして、一躍注目を集めている牧野富太郎。「日本の植物学の父」と呼ばれ、世界的にも名高い植物分類学者ですが、ほぼ独学で植物の知識を身につけ、生涯を研究に捧げました。発見した新種は600種あまり。合計1500種以上の植物に命名し、植物に関する知識の普及にも献身しました。

ドラマでも描かれているように、幼いころから地元・佐川の山で遊び、研究の道に入ってからは、植物の調査と標本採集のために全国の山に足を運んでいます。

彼の著作の中から、実際に登った各地の山と、そこで出会った植物に関するものをセレクトしてまとめたのが本書。読んでいると、山々を旅している著者の思いに触れることができて、山旅へでかけたくなる一冊です。

北海道から九州まで、全部で38の山を収録。それぞれの山については、訪れる際の参考になるように、所在地と標高、山の簡単なプロフィールも紹介してあります。

 

植物に対する愛あふれる記述も

巻頭に「なぜ花は匂うか?」という一文があります。少しだけ引用してみます。

 花は黙っています。それだのに花はなぜあんなに綺麗なのでしょう? なぜあんなに快く匂っているのでしょう? 思い疲れた夕(ゆうべ)など、窓辺に薫る一輪の百合の花を、じっと抱きしめてやりたいような思いにかられても、百合の花は黙っています。そしてちっとも変らぬ清楚な姿でただじっと匂っているのです。

花の美しさや香りの意味、植物の生存戦略について、植物愛にあふれた繊細な表現で解説している一文です。

このエッセイの末文はこのように結ばれています。

 植物の世界は研究すればするほど面白いことだらけです。もしこの世界に植物がなかったら、山も野原も坊主になりどんなにか淋しいでしょうし、その上、米、麦、野菜、果物、海藻の食料品、着物の原料、紙の原料、建築材料、医薬原料すべて植物のお陰でないものは一つもありません。貴女方も花を眺めるだけ、匂いをかぐだけに止まらず、好晴の日郊外に出ていろいろな植物を採集し、美しい花の中にかくされた複雑な神秘の姿を研究していただきたいと思います。そこには幾多の歓喜と、珍しい発見とがあって、貴女方の若い日の生活に数々の美しい夢を贈物とすることでありましょう。

深い知識を持ちながらも、けっして難しく書くのではなく、ときにはダジャレを交えながらつづられている文章は、100年以上も前に生きた人が書いたとは思えないほどフレッシュな感性にあふれています。

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