山で起きる災害。何をイメージするでしょうか。火山の噴火や山火事など多岐にわたりますが、中でも恐ろしいのが「山崩れ」と呼ばれる土砂災害。今回は、日本を代表する「日本三大崩れ」を詳しく見ていきましょう。
4億1000万立方メートルが流出した立山の衝撃
ひとつめは、富山県中新川郡立山町にある「鳶(とび)崩れ」です。安政5年(1858年)に発生した飛越地震によって立山連峰の大鳶山・小鳶山が崩壊。大量の土砂が立山カルデラ内に流れ込みました。 推定される崩壊土砂量は4億1000万立方メートル。地震に伴う山崩れとしては、日本国内で最大級の規模を誇ります。

この崩壊後、せき止められた土砂が洪水となって流下する二次災害が繰り返されたことから、現在も立山カルデラ内では国土交通省による直轄砂防事業が継続されています。
巨大な天然ダムの形成と決壊が招いた小谷村の悲劇
ふたつめは、長野県北安曇郡小谷村で発生した「稗田山(ひえだやま)崩れ」です。明治44年(1911年)8月8日、大規模な山体崩壊が発生。崩壊量は1億立方メートルから1億5000万立方メートルに達しました。浦川を流下した土砂は姫川の本流をせき止め、長瀬湖と呼ばれる巨大な天然ダムを形成。

しかし翌年の明治45年(1912年)7月、2回目と3回目の崩壊が発生し、降り続いた豪雨によって天然ダムは完全に決壊。下流に甚大な被害をもたらしました。日本三大崩れの中では発生時期が新しいため、当時の資料や写真が多く現存するのが大きな特徴です。
東京ドーム100杯分の土砂と標高差800メートルの峻険
最後は、静岡県静岡市の安倍川最上流部に位置する「大谷(おおや)崩れ」です。宝永4年(1707年)10月28日の宝永地震により発生。推定される崩壊土砂量は約1億2000万立方メートルに及び、これは東京ドーム約100杯分に相当する莫大な量です。
崩壊地の下端部が標高約1100メートル付近であるのに対し、大谷崩の崩壊頂部は標高約1900メートルに達し、その標高差は約800メートル。急峻なV字谷では現在も激しい浸食が続いています。下流への土砂流出を防ぐため、同省による砂防事業が現在も懸命に続けられています。

崩壊地の下部は扇状地となっており、「扇の要」付近までは車でのアクセスが可能。ただし、集中豪雨や台風の多い6月から9月にかけては災害のリスクが高まるため、十分な注意が必要です。一方で新緑や紅葉の季節には、荒々しい岩肌と木々が織りなす独特の景観を堪能できるでしょう。
豊かな自然の恵みをもたらす山。しかし、時として牙を剥くことも忘れてはなりません。日本三大崩れ。その壮絶な爪痕から、自然の驚異と歴史の重みに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
【詳しくはこちら】
◆立山カルデラ砂防博物館
https://www.tatecal.or.jp/tatecal/index.html
◆国土交通省 北陸地方整備局
https://www.hrr.mlit.go.jp
◆静岡市観光ナビ
https://www.visit-shizuoka.com

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