衝撃のアウトドア本発掘レビュー! STRANGE OUTDOORE BOOK vol.3『日本クマ事件簿』

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ニンゲンとクマ、共存するのは簡単ではない

本書でも何度か言及されているが、クマの襲撃をいっそう深刻化させるのは「所有物」の認識だ。クマが人を襲う理由は多々あって、それは連れている子を守るためかもしれないし、生活圏の侵害かもしれない。でも、たいていの場合、クマは深追いはしてこない。しかし、所有物を奪われたとなると、話は変わる。

例えば、ハイカーのリュックになんらかの食料が入っていたとする。クマは臭いでそれを知り、奪おうとしてキャンパーを襲う。そこでリュックを捨てて逃げれば、まずクマは追ってこないのだが、隙を見てリュックを取り返すなどしたら、さあ大変だ。クマにとって、そのリュックはもう自分の「所有物」なのだ。それを奪った人間は完全に敵認定される。

三毛別羆事件が悲惨さを極めたのも、それが理由だ。最初に襲われた主婦の遺体の一部を回収して、通夜を営んでいた席にヒグマが突入してきたのは、自分の所有物(食べ残し)を取り返したい一心だから。なんとも理不尽な話だが、それが獣の論理なんだから仕方がない。 

今年の4月、畑正憲ことムツゴロウさんが亡くなった。あらゆる動物と対等に付き合い続けたムツゴロウさんでも、さすがにヒグマは無理でしょ……と思いきや、ヒグマの仔を飼育していた時期もあるんだね。

『どんべえ物語』というエッセイによると、北海道の無人島で家族と一緒に飼育していたらしい。でも、子熊といってもヒグマはヒグマ。ぜんぜん言うことを聞いてくれず、ムツゴロウさんのイライラはピークに達し、手元にあった棍棒でブチ殺そうとしたと言うから、唖然とさせられるのだった(ムツゴロウさんにはこういうエピソードが意外にたくさんある)。

人類の祖先がアフリカからユーラシア大陸へ進出したのは、いまから5万年ほど前のこと。その後、ヨーロッパからシベリアを経由して、ようやく日本列島にも現生人類(日本人の祖先)が足を下ろした。それが4万年前である。

一方、クマはそれよりもずっと早く、50~100万年も昔から日本には生息していたという。同じ大地に暮らしていても、共存するのは簡単ではない。だからといって、後から来たニンゲンが、先輩であるクマを排除してもいいとは思えない。

子供の頃に何度も歌っていたであろう童謡『森のくまさん』を、いまいちど思い浮かべてみよう。

クマさんは昔からずっと警告してくれている。「お嬢さん、お逃げなさい」と。だから野山でクマと出会ったなら、なりふりかまわずに「スタコラ、サッサッサのサ」と逃げたいところである(※実際には、クマは背中を見せて逃げると追いかけてくる習性があります。そもそも出会わないようにするのがいちばんの得策)。

   

                      

■『日本クマ事件簿』(2022年5月刊/三才ブックス)

https://www.sansaibooks.co.jp/shoseki/kuma.html

                              

■評者:とみさわ昭仁(とみさわあきひと) 

■プロフィール:1961年東京生まれ。フリーライターとして活動するかたわら、ファミコンブームに乗ってゲームデザイナーに。『ポケモン』などのヒット作に関わる。2012年より神保町に珍書専門の古書店「マニタ書房」を開業。2019年に閉店後は、再びフリーライターとして執筆活動に入る。近著に『レコード越しの戦後史』(P-VINE)、『勇者と戦車とモンスター』(駒草出版)など。

https://maneater.hateblo.jp/

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